その505 転機 2021.2.5
2021/02/05
新聞にギタリスト・荘村清志さんの“円熟の境地”という記事が出ていた。
要約すると以下のようである。
若いころはギターと格闘していたが40代に転機が来た。
指が思うように動かなくなり、演奏フォームを5年かけて直した。
小さな音の魅力に気づき、蓄積してきた感情を音で表現できるようになった。
音を感じて弾けると指も軽やかになる、とのこと。
「メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン」という本がある。
よく行く書店の棚にあることは知っていた。
有名な誰それが、ああ言った、こう言ったということを一々気にしていては果てがない。
しかし、長年ボザールトリオのピアノで活躍し、90歳でもリサイタルを行ったピアニストの著述である。
つい気になって買ってしまった。
彼はかなりの教え魔であった。
本には多くの曲をレッスンした記録が収録されている。
楽譜は載っておらず、レッスンで指摘される小節番号を楽譜で照らし合わせる必要があるが、
実に事細かく注文が入る。
ああ、うるさい!と言いたくなるが、納得することは多い。
彼は、練習は演奏会の安心のためという。
そして「強靭な手と指、リラックスした腕」が重要で、
そのためにさまざまな指使いや、右手と左手の音の取り方を変えるなどの練習を提示する。
この本を読んで後、ショパンのエチュードを楽譜の指使いの通りに、
1日の練習に1回だけ、ゆっくりと弾くようにした。
右手の232の指使いが自然そうなのに、243と楽譜には書かれている。
私は高校生以後、ピアノで弾きたい曲だけの練習をしてきた。
ショパンのエチュードは何曲か練習したが自分の弾きやすい指使いだった。
楽譜の通りにすると、少し優雅に手首が回って次のフレーズに進める。
優雅さの練習ではないが、無理のない演奏につながるような気がする。
もっとも手元にある日本の2社の楽譜で、指使いは異なる所はあるのだけれど。
リヒテルのDVDに、ショパンのエチュードを弾く場面があった。
演奏会のアンコールに作品10-4を猛烈なスピードで弾く。
毛ガニのような分厚い手の甲と太い指が、鍵盤をわしづかみにし、なぎ倒し、音を叩き出していく。
指使いは速すぎてわからない。
強く速く、かつ繊細に、すべてのエネルギーはストレートに鍵盤に向かう。
意味のない指替えはないように見える。
もっともこのDVDは白黒でリヒテルがかなり若いころの演奏だから、
その後、荘村さんのように転機があったかもしれない。
昨年秋の日本音楽コンクールピアノ部門の本選会の模様をテレビで見た。
4人のファイナリストがコンチェルトを演奏する。
ショパンの2番が二人、サンサーンスの2番だったかが二人。
どなたが一位になってもおかしくないほど、皆さんうまい。
若くて才能あふれるファイナリストたちであった。
彼らはこれからどのような音楽家人生を歩むのだろうか。
太平洋の海原のような未来が開けているに違いない。
将来、自分の音楽に現れるであろう転機をうまく生かして成長してほしい。