その535 千字文 2023.8.19

2023/08/19

 木版印刷や古活字による印刷のことを調べていると、千字文というものに行き当たりました。
聞いたことがないわけではなかったけれど、実は全く分かっていませんでした。
簡単に言えば、古い時代の中国で
千文字を使って250の四字熟語からなる文を作った、ということのようです。
 
 詳しい方には釈迦に説法ですが、もう少し書くと以下のようになります。
王義之という書の達人がおりました。
少し後の時代の帝が自ら書を学ぶため、あるいは王子たちに字の練習をさせるために、
部下Aに命じて王義之の千文字の書体を集めさせ、透かし写しをさせました。
それは一字ずつのカードのようなものだったので、
部下Bに命じて千文字を一回ずつ使って四字、二百五十句の文章にさせました。
 
 これが千字文の起こりのようです。
この分野は深く広い海のようなもので、恐ろしいほどの諸説、注釈、研究があります。
王義之よりも前の時代に起源はさかのぼるという説もあります。
 
 王義之の七代の子孫と言われる智永という人は、これまた書を極めようとして
千字文を書き続け、その出来の良いものを近隣の寺などに納めました。
 
 その一つが伝わって日本に千字文がもたらされました。
遣唐使が持ち帰ったか、鑑真がもたらしたか、正倉院に納められたといいます。
現存する智永の唯一の真筆とされる千字文が日本にある、ということになります。
 
 智永の真草千字文は書道関係の本に載っているのを見ることができます。
私が不思議なのは、これが一行十文字で書かれていることです。
千字文は「天地玄黄、宇宙洪荒、日月盈昃」と始まります。
真草千字文の一行目の十文字は「天地玄黄宇宙洪荒日月」であり、
改行して二行目は「盈昃、、、」と続きます。(「盈昃」はエイショクと読むそうです。) 
 
 もう少し時代が下って、韓国で書かれた千字文もあります。
それは横長の巻紙のようなものに書かれており、
一行五文字でさらに意味が取りにくくなります。
 
 千字文は一般には子供や初学者用の習字の手本としての用途であったと言いますから、
あまりこだわらなくても良いのかもしれません。
しかしなぜ智永の書いたものはなぜ一行八文字でないのか、
三句目の「日月盈昃」の途中で切れるのか、よくわかりません。
もしかすると紙は非常に貴重であって、無駄に空けるなどとんでもない時代だったのでしょうか。
 
 千字文は子供の習字用としては、
ピアノの練習曲のハノンやチェルニーのような意味合いがあったのでしょう。
しかし、あまり面白いとは言えない曲もあるチェルニーも、
全く面白くないハノンも、自然なメロディのフレーズが途切れることはなく、
現在出版されている楽譜もそのように改ページに配慮して印刷されています。
 
 私の子供が小学生だった頃、先生が漢字をノートに書かせる宿題を出しました。
言葉の切れ目でマス目を空けずに続けて書きなさい、と言われました。
子供は「学校公園遠足給食」と続けて書きます。
これでは自分の書いたものが脳にインプットされません。
「学校 公園 遠足 給食」と書いた方が、はるかに学習効果が上がると思っていました。
そんなことを先生に間接的にお伝えしましたが、
先生のお答えは「マス目は空けずに言葉の間に線を引きなさい。」でした。
先生も紙を大切にされる方であったからでしょうか。