卒業
2017/03/26
ある料理人が長年勤めた店をこの春卒業する。
35年以上にわたり、昼と夜、たくさんの料理を作り続け、
たくさんのお客と語り、笑い、店を盛り上げてきた。
出汁のきいたほんのりとしたその味は、煮物やスープ系に特に良く合った。
飾らぬ人柄で、わからんものは決してわかったふりをしない。
共感しない芸術には決して良いと言わない。
味の分かったようなことを言うお客が嫌いでもあった。
ややその素朴さが、店にとって具合の悪いこともあったようだ。
私は学生時代からこの店にちょくちょく来ていて、
山に登るようになってからは、彼にいろんな山のこと、花のことを教えてもらった。
私が知らない植物のつぼみの写真を撮って来て、
「これは何?」と聞くと、
「そりゃあ、2週間後にもう一遍そこへ行ってみて」と言われた。
車もけっこう時間がかかり、登山口から1時間ほど登った山の中腹であったが、
私は再度その場所へ行った。
薄いピンク色で小さな提灯のような花が風に揺れていた。クマガイソウであった。
そこへ行って、実際に見ないと感動は生まれないことを知った。
長い間のお仕事、お疲れさまでした。
店は続くけど、あなたは奥様を大切に、日々暮らしてください。
何か日課や多少のデューティーのある作業をすることも必要ではないでしょうか。
まだ老け込む年ではないのですから。
そうそう、教えてくれた人との約束で、あなたに言えなかった珍しい花の咲いている場所、
もう時効でしょうから、今度一緒に行きましょう。