懐中時計

2016/04/21

小さな木箱を母が大事そうに持ち出してきた。
表面の革がはがれそう、組合わせた木の材もはずれそうな箱の中には、
メダルを納めるような凹みの上に懐中時計があった。
鎖があってその先には小さな磁石がついている。
本体の時計の蓋は薄黒い。
突起を押して蓋を開くと、ギリシャ文字の文字盤、長針と短針にはHの字のような装飾がある。
秒針は文字盤の中の小さな円で回るようだ。

 

時計屋さんでどういうものか、見てもらいたいと言うので、
アンティーク時計の修理で有名な、後免の時計屋さんを訪ねた。
奥から出てきた主人は、明治のころの「ショウカン時計やね。」という。
店の陳列ケースには似たような時計がいくつか並べてある。

 

「ひとりでに蓋が開いてしまうねえ。それとガラスがないのが残念。」と主人。
何度も蓋を閉めると、柔らかい銀の小さな留め金が削れてしまうのだそうだ。
ガラスは割れてしまったのだろう。これに合うガラスを探すのはなかなか大変ぜ、とも言う。

 

「○万五千円なら修理します。」とのこと。
店主にとっては、ありふれたもののようで、母はやや気落ちしたように「じゃあ持って帰ります」と言った。
もしかして、店主が良い値で買うことを期待していた?

 

ネットで調べてみると、ショウカン時計は「商館時計」と書く。
明治時代に横浜や神戸で店を開いた外国人商人が、
スイスなどから輸入して日本人向けに売った時計をいう。
蓋の裏には鶴のような鳥、小さなライオンの印章のようなものが描かれていて、
「J.C.C.」とカタカナで「コロン」と刻まれている。
木箱の蓋側には寝そべったライオンが頭を起こしている図柄の綿入りの布が貼ってある。
フランス人のコロン兄弟が横浜に開いたコロン商会が売った時計らしい。

 

明治の頃の家の当主が、高知で初めてぐらいの外科病院の先生と親しく、よく出入りしていたそうだ。
そのご縁で手に入った時計ではないかと、母は言う。
骨董的にはありふれたものであっても、当時の高知では大変に貴重で珍しいものではなかったか。
「あんた、大事に持っとって」と託され、今、私の本箱の隅にある。

 

時計店を出る時に主人は言った。
「大きな柱時計の古いのはないかね。」
これなら買いそうだ。蔵を探してみようか。

 


コメント

朝ドラの「あさが来た」で、 主人公の白岡あさが、女子大学を作った頃だったか、もう少し前であったか、こんな懐中時計を持ってたシーンがありましたねえ。