70年の秘密

2004/02/25

ある日の午後、わたしは介護病棟の回診をしていた。
そこへ、最近一般病棟に入院された男性患者さんが車いすに乗って現れた。
わたしは病棟を間違えたのかと思って、
「ここは2階ですよ。」
と声をかけた。
するとその男性は
「うん、わしはこの人に会いに来たがじゃ。」
とおっしゃる。

彼はある病室に入り、ベットに横になっている女性患者さんに呼びかける。
「おおい、わしじゃ。なつかしいのう!!」
「ありゃ、おまんは。」
「そうじゃそうじゃ、わかったか。10代のころを思い出すのう。」
「そうよ、まっこと。」
「もう入院して長いかよ。」
「あてはもうひさにならあよ。
(標準語訳:わたしはもう、長いことになるよ)
ここが一番じゃ。」
「わしは4階に入院しちゅう。」
こんな会話がひとしきりあって、男性は自分の病室に戻っていった。

わたしは女性の回診をする時、たずねた。
「お友達が来てくれちょったかね。」
「なんちゃあ、へごなやつじゃ。」
(標準語訳:べつに、みょうな(あるいはかわった)やつでしたよ。)
女性の”へごなやつ”のアクセントには、胸の奥をくすぐるものが感じられた。
男性は87歳。女性は91歳。
70年前、17歳と21歳の二人に何があったか、
彼らと天と地のみが知っている。


コメント

男性の方はそろそろ退院です。
また、彼女をお見舞いに来てあげて下さいね。